少し時間が経ち過ぎていて賞味期限切れな話題なのですが、小沢民主党幹事長の政治資金問題に関し、検察の「不起訴」という判断に対して一転、検察審査会が「起訴相当」という、検察のそれに真っ向から相反する判断を下しました。
今後、検察が改めて捜査を行った上でやはり「不起訴」とした場合でも、検察審査会が再び「起訴の必要がある」と判断すれば、「起訴議決」となって強制的に起訴されることになります。多くの人が知っているとおり、「起訴相当」の判断、および「起訴議決」を行うためには、民間から無作為に選ばれた「審査員」11人のうち、8人の同意が必要です。 先日の小沢幹事長のケースでは、11人が全会一致で「起訴相当」だという判断を下しています。
こういうとき、何故か「陰謀論」を唱える人が居ます。もともと、昨年の春に検察が強制捜査を行った際にも様々な陰謀論が飛び交いました。そして今度もまた、「検察審査会」が検察に誘導されたとかナンとかいうのをはじめとした様々な陰謀論があるようです。
まず断っておきますが、私はそのような事実(陰謀)があるとも言わないし、無いとも断定しません。極々個人的に、「そんな可能性は極めて低いだろう」と感じるのみです。
上で書いた、「検察審査会が検察に誘導された云々」という件をもう少し詳しく、私が直に聞いた話として例示してみると、「検察は検察審査会に対して、自分たちに有利な(小沢氏起訴に傾くような)証拠だけを提示する」のだそうです。翻って、その逆性と思われる証拠は隠匿するのだそうです。いやはや…
一応確認しておくと、検察審査会では資料請求は当然のこととして、証人を呼んだり、専門家の助言を求めることも自由に出来るのです。だいいち、検察審査会はまずもって「不起訴になった理由」を聞くのです。この時点で、「検察は起訴に傾く証拠だけを…」という論が破綻していないでしょうか。
付け加えれば、検察が漁りに漁って並べた証拠に基づいて「不起訴」としたにも関わらず、検察審査会でその逆の判断をさせることに何か得があるのか(むしろ損なようにも思う)。とか、検察の不起訴の判断に対して小沢氏自身が「公平・公正は捜査の結果」だと言っているにも関わらず、それ以上に小沢氏と因縁の浅い一般の人達の判断が何故、「公平・公正」ではないのか。などなど、不自然な点を挙げればキリがありません。
しかし一部の人たちは頑として、「陰謀論」を主張します。
上で、いくつか「陰謀論」に対する不自然な点を列挙してみましたが、個人的にはこんなこと実はどうでもいいのです。私が言いたいのはただ一点、「それ(陰謀論)が事実なら確たる証拠を見せて下さい」ということだけなのです。
知る限り全ての場合、その部分が個人の推測や、状況を好き勝手に捻じ曲げたストーリーによって塗りつぶされたものばかりです。この程度で「陰謀論」が信憑性を持ってしまうようなら、昨年の総選挙で民主党が勝った事実さえ「陰謀だろう」と言って言えなくありません。つまり、世の中のたいがいの事を「陰謀ではないのか」と疑ってかからなければならなくなります。
単純に言えば、万人の目に見える事実に基づかない「陰謀論」など、いわゆるデマコギーとしか見なすことが出来ません。それで自分たちが楽しむのはケッコウだと言いたいところですが、徒に警察や検察の権威を貶めるデマについては、かなりタチが悪い類のものだと感じ、全く感心出来ません。
参考までに、読売の記事を添付しておきます。
(不公正なのはいったいどちらだと…)
そして、ある弁護士の方が書いた一文を引用しておきます。
陰謀論は、●●は、証拠も残さないほど周到だ!とか、権力に取り入り、本当のことは隠されているという主張が主である。
事実についても、それに基づく主張についても、反論可能性がまるでなく、思考停止となるの「陰謀論」である。
陰謀論には、真の真実に近づくような努力さえもないのが普通である。
単に、「真実である!」とするだけである。
裁判上では、証拠づけることができない事実に基づく主張は、恥ずかしいものとされる。一般的にも「陰謀論」は、そういえる。
陰謀論を振りかざすことは、恥ずかしい
「陰謀論」でないというのであれば,証拠を出せ!
という
基本的態度が必要である。
全くその通りだと思います。


by RAM
原発に関すること(現時点での…