あまりにも早過ぎる躓きである。言う人に言わせれば、「そんなことぁ最初から…」な話なのかも知れないけれど。
いよいよ本格的に始まった国会論戦。旧来の与野党が攻守を入れ替え、答弁する側にまわった鳩山首相は、その緒戦にして早くも「言ってはいけない」ことを言い、「やってはいけない」ことをやる。
斎藤次郎氏を日本郵政社長に据える人事について質され、「本当に優れた人材~適材適所」などと、旧政権のお株を奪うが如く「はぐらかし」をやってのけた。
生徒指導の先生は、「爪を真っ赤に染める行為」を見咎めたのであって、赤いモノの材質を訊いているのではない。正真正銘のマニキュアだろうが絵の具だろうがペンキだろうが、そんなことはどうだっていいのだ。
(^^) 一応、拙エントリ貼付…「大激論(屁理屈の応酬)」
そしてそもそも、「やってはいけない」はずであった、官僚に対する「答弁メモ」作成支持の事実が、マスコミ報道はもとより、阿比留記者のブログ内で疑いようの無い形で指し示されている。
少し前のエントリは私は、天下りの根絶が現政権に課せられた使命=「改革」の1丁目1番地、事業仕分けを核とした作業による無駄の洗い出しが1丁目2番地だと書いている。そして、「脱官僚」がこれらの改革と不可分の命題であることは自明である。
前出、斎藤次郎氏は、‘93年に成立した細川内閣当時、「国民福祉税」構想をぶち上げた事務方の主導者であり、このときより小沢一郎とは昵懇の仲である。
(結局一連の「非自民連立政権」は瓦解し、自民が政権を奪い返した折から斎藤氏はいわば“冷や飯”を食わされる形で「典型的な天下り」ではなく、代わって「雨宿り法人」である国際金融情報センターに出向した…というのが一般的な見方。)
行政仕分けについても、その作業にあたる人選が政府主導で行われたことに対する党側の反発があり、停滞を招いた。「党側の…」とはすなわち、「小沢一郎の…」と言い換えても差し支えないと考えられる。結局、小沢一郎の主導で人選をやり直し、ようやく作業が再開される運びになったという次第である。
先の総選挙において、自民に浴びせられた国民の痛烈な「No!!」の声は、さほど多くのポイントを帯びているわけではないと思うのだが、その数少ないポイント=民主政権に課せられたゆるがせにしてはならない大命題さえ、もはや眼中に無いとさえ映る小沢一郎の強権ぶりは、予想を上回るリスクを孕んでいると見改めざるを得ない(阿比留記者は早々から、この点について激しく警鐘を鳴らしておられたが…)。
いったい、この国をどこへ向かわせようとしているのだろうか。


by RAM
原発に関すること(現時点での…